今晩は!Natuです。
以前はバラエティー番組で明るくて頭の回転が早くて面白いとよくテレビでみた青木さやかさんですが、女の子を出産後、2012年に離婚をされた時に『神経質すぎる性格』が原因ともいわれていました。
交際している男性の行動すべてを把握していないと気が済まないという性格や、タクシー運転手の『乗せたくないお客』としても噂されていました。
テレビでみる青木さやかさんとあまりにもイメージが違うため不思議な感覚でしたが、何故青木さやかさんがそこまでも神経質だったのかの謎が解き明かされました。
今回は青木さやかさんの壮絶な幼少期時代の環境と『パチンコ依存症』だった過去について調べてみました。
目次
青木さやか何故?パチンコ依存症だった?過去の告白
現在、保護猫の2匹のクティとシティと娘さんと穏やかに暮らしている青木さやかさん。
2012年にダンサーである夫、柳本雅寛さんと離婚をされた時に『神経質すぎる性格』が原因ともいわれていた青木さやかさんですが、面白くてさわやかなイメージとは裏腹に『子供嫌い』『有吉弘行さんとの対立』など少しびっくりするような噂がありました。
当時人気のあった青木さやかさんが売れる前の有吉弘行さんを干そうとしていたなどいじわるなの?的な事もほりだされいました。
何故?あんなに面白い聡明な青木さやかさんがそんな卑屈な行動をするのか?
噂の真相は明確ではありませんが、噂になるには何かしらの原因もあったのかもしれません。
実は青木さやかさんは『パチンコ依存症だった』過去があったそうです。
時期的には芸人として売れる前の20年前の事だそうです。
このパチンコ依存症のせいで大切な存在の彼氏を失ったそうです。
当時同棲生活をされていた青木さやかさんですが、彼に毎日パチンコをやめてほしいとお願いされていたそうです。
ですが、パチンコ依存症というのは、依存症の名の通り一筋なわではやめる事ができません。
青木さやかさんは、パチンコをやめたふりをしたそうです。
その後パチンコ店から出てきたところで彼氏とあってしまい、破局となってしまったそうです。
彼の気持ちからしたら
に耐えられなくなってしまってもおかしくありません。
きっと、青木さやかさんの事を信じたかった気持ちを裏切られた気持ちだったのでしょう。
2003年にブレイクし、朝から晩までスケジュールがつまった青木さやかさんはパチンコに行く時間がなくなってパチンコの機会が少なくなり借金が返済できたそうです。
現在は行っていないと強調したそうですが、実は新台が入ると仲間に誘われてその時だけパチンコ店に行っているそうですがほどほどにがいいですね。
青木さやかは何故?パチンコ依存症と母親との辛い幼少期時代とは?
何故そこまでに青木さやかさんは『パチンコ依存症』にまでなってしまったのでしょう。
何故、『神経質すぎる性格』
『タクシーに乗せたくないお客』
『いじめ』
など悪い噂をされるような追い詰められかたをしたのでしょうか。
それは青木さやかさんの壮絶な幼少期にも原因があるように思います。
青木さやかさんはお母さんと20年以上の確執がありうまく付き合えなかったそうです。
テストで85点をとっても
『何故?100点じゃないの』といわれるような家庭で、小さな頃から几帳面で厳しく世間体を常に気にするお母さんに褒められた記憶がなかったそうです。
いつしか青木さやかさんはお母さんがわざと嫌がるような職業のお笑いの世界に入ったそうです。
少し悲しいきっかけでもあり、きっと青木さやかさん自身復讐のような気持ちでの心境は誰よりも自分を傷つけ、苦しい日々だったのだと思います。
誰かに認められた欲求や、見捨てられたくないという葛藤での様々な行動だったように感じます。
お母さんを忘れたくても忘れられずに苦しいまま、欲求が満たされないままの人生だったのでしょう。
お母さんが昨年ホスピスに入られた時に最後のチャンスである方のアドバイスを聞いた青木さやかさん。
『親と仲良くなると自分が楽になれるよ。最後のチャンスだよ』
の言葉を信じ心から勇気をだしてお母さんとわかりあえたそうです。
青木さやかさんのお母さんは2019年に亡くなっています。
それからは今現在に至るまでどんどんお母さんの事が不思議と好きになっていくそうです。
きっとお母さんとわかりあえた、お母さんを心の中で許す事が出来て、おのずと自らの事も許すことが出来たのでしょう。
パチンコ依存症の過去をも手放し、これからはもっと気持ちを楽に毎日を楽しく娘さんと暮らしていく覚悟のようにも思えます。
これからも、自由になった新しい青木さやかさんで明るく聡明で女優としてのご活躍を期待しています。